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2011.10.27 (Thu)

本棚:『家族の勝手でしょ! 写真274枚で見る食卓の喜劇』ほか

ようやく平安時代から現代に戻ってまいりました。

『街場のマンガ論』:内田樹(10.10)
ブログに発表した文章の内、漫画に関する記事をまとめた本、らしい。
漫画はすっかり読まなくなったが
(まわす時間と金がない。何から手をつけたらいいかもう分からない)
漫画に関する本は読む。
漫画論、といいつつ漫画を手掛かりにした社会論。
子供が成長するには、
同じことを別の言葉で言う複数のロールモデルが必要である、というのに唸る。
一つの言葉だけでは、洗脳になってしまう。
同じ方向を示す言葉が、同時に複数あることで、
その間の矛盾に迷い、受け入れる時に子供は成長のプロセスに入ると。なるほど。
他にも、仮名と漢字を併用する日本人は、右脳と左脳を同時に使うことで
他国よりも識字能力が高く、漫画という絵と言葉を一緒に理解することが出来る、らしい。
漫画を読むって、表音文字のみを使用する文化圏の人には、
頭の使い方を根本から変えねばならず、とても技術を要するようですよ。へー。
もう一つ唸ったのは、
年を取るということは、その年の自分がいるだけではなく、
10代の自分、20代の自分、30代の自分、とその時々の自分が同時にいる中で、
時に応じてどの自分を出すかということだ、的なことが書いてあって
そのとーりだなあと。
内田樹の本は、橋本治と同様、
視点一つでストンとすっきりするような気分になります。

『電子書籍を日本一売ってみたけれど、やっぱり紙の本が好き。』:日垣隆(11.04)
書き下ろしの「電子書籍」に関するところが一番面白かった。
私は本はもうぜんぜん買わないで、図書館でタダで読むばかりだけど、
私が読みたいと思うような新しくて刺激的な本はそのうち
「紙の本」として出回らなくなるのかもしんないな、
なんて思ってしまった。
今でもネットには数多くの刺激的な文章があるようだが
自分ではまったく把握できてない。
とにかく膨大すぎて手に負えない。
短い文章ばかり読むのも、なんか違うんだよー。
それにネットで読んでいると、その内容のみに集中できずに、
ふらふらと別のところにさまよってしまったりして効率悪い。
結局は可処分時間の奪い合い。
紙の本を読むことは習慣として残るだろうが、
読みたいものがどれだけ残り生まれるのかは分からない。

『家族の勝手でしょ! 写真274枚で見る食卓の喜劇』:岩村暢子(10.02)
喜劇、というよりホラーです。
2003年~2008年までの調査を元にした食卓の現実から見えてくる家族の今。
1週間の家族の朝昼晩の食事を撮影してもらい、
細かな状況を書き込んでもらう調査は、
協力してくれる家族なしには成り立たない。

事前調査で主婦が書いた自己評価の高さ
(実際はあるべき姿「家族には野菜たっぷりのバランスのとれた献立を用意している」とか)と、
調査後のヒヤリングで、実態と違うことを指摘された後に出てくる
言い訳(むしろ居直り)の言葉に激しい違和感を感じる。
日本語としての「てにおは」も、
そこだけを取り出した時の通りのいい文章は間違ってないが、
その状況の言葉としてあまりにも不似合いで気持が悪い。
自分や夫だけならまだしも、5歳8歳などの子供に
自己決定権・選択権を与え、自主性を尊重するのはどうだろう。
子供に判断できるだけの経験も選択肢も助言も与えられず、
「出しても食べないから出さない」(食べさせるのは疲れるからやらない)
「好きなものを選ばせて食べさせている」
(でも選べるのは既製品の揚げ物や菓子パンや冷食)
「子供が疲れて眠ってしまったので夕飯を作らなかった」(ネグレクト一歩手前)
この本を読んでいると、子供の空腹の訴えは、予期しなかった天災のようだ。
空腹になるまで用意をしない(そもそも冷蔵庫に野菜がない)ことに関しては、
また別の自分都合の言い訳があって、
目の前の危機(夜8時に突如として発生した子供の空腹)に対応するのに、
料理してると間に合わないから、
すぐ食べれる物でごまかされる子供。

毎日のことなのに。

一番きもちわるかったのは幼稚園の指導かなあ。
子供に達成感を与えるために弁当には子供が好きなモノを
(残してしまう野菜なんか入れてはいけない)
食べきれる量だけ、入れてください」
本当にこんなこと言ってるんだろうか?
「克服」という要素のない「達成感」は無駄に「全能感」を与えるだけなのでは。

ただ少なからず自分自身も同じような献立や食べ方をしているわけで
気持がわからなくないこともないが、
でも今感じてる違和感はちゃんと残しておかないと、
このゆがみが平然と常識に移行して行ってしまう怖さがある。
学校教育って「私の肥大化」と「自己正当化する程度の日本語力」を与えるために、
行われたわけじゃないはずでしょ。

他にも立ち止まってしまう要素が山盛りあって、
いろいろ考えてしまった本でした。

半年ほぼ平安時代にいたので、
久々に主戦場である(笑)社会系の本を続けて読んで
脳が活性化されました。
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11:59  |  蛸足図書室  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

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