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2016.06.23 (Thu)

本棚:『6粒と半分のお米 木皿食堂②』ほか

借りてる本を返す前に、あわてて書いてためていたので、
気付いたら結構なボリュームに。
ふたつ続けてアップします。
年明けくらいから読んでた本、かな。

『京都ごはん日記』:いしいしんじ(14.01)
ごはん日記シリーズ、はじめて読んだ。
独特の文体がさらに砕けて、日常の中に非日常が紛れ込む。
2段組びっしりなヴォリュームだけど、電車でちまちま読むにはちょうどいい。
書いた時期はかなり前になるんだな。
文章ではあっという間でも、
実際にこの距離(京都・東京・三崎などなど)を移動して、
いろいろなことを体験しているのかと思うと、毎日の密度に驚く。
いしいさんの文章を読んでいると、
美味しそうなものがより美味しそうに、
魅力的な音がより魅力的に聴こえるようで
心がぞわぞわしてくる。

『金色の獣、彼方に向かう』:恒川光太郎(11.11)
久々の恒川光太郎。未読の本が少なくなっていくさみしさ。
毎度の恒川ワールド。
掲載順と発表順は違うようだけど、
時空を超えてゆるくつながる世界。
でも今回はそれがかなりピンポイントで、
言葉だけが短編をまたいでいるようにも感じた。

『いますぐ書け、の文章法』:堀井憲一郎(11.09)
文章を書く、とはどういうことか。
耳が痛いところ、なるほどと思うところ、やっぱりそうかとうなずくところ。
媒体はなんであれ、プロであれアマであれ、
生きた文章を書くためのポイントがいろいろ詰まってます。
自分が一番に発見した!が目に留まるポイントなのではなく、
後発でも面白く熱を持って書いているもののほうが目に留まる、というのは納得。
文章の個性は使っている言葉ではなく、
どの言葉を使っていないかにある、もとても共感するポイントだった。
そしてちゃんとした本、文章を山のように読むことの大切さも。
ネットの記事を読んでると、
この書き手はネットの言葉しか読んでないんだなと思うことがとても多い。

『本で床は抜けるのか』:西牟田靖(15.03)
本で床が抜ける事態を冗談ではなく真剣な問題として取り上げた本。
書くことを仕事としていると、資料としての本は尋常ではなく増えるらしい。
草森紳一や内澤旬子さんの本を読んでいたので、
ちょうど話題がニアミスしたのも面白かった。
電子化・自炊の話も、
これまで読んでいたどの本よりも現実感のある話だった。
物体としての本のもつ力の大きさというのも、よりリアルに感じられた。
たくさんの取材を積み重ねて、
最終的に、本なんかよりももっと大きな問題が
修復できないところまで進んでいた、というのが怖い。

『もいちど修学旅行をしてみたいと思ったのだ』:北尾トロ・中川カンゴロー(08.04)
年を重ねてから分かる各地の名所旧跡。
おじさんになると歴史への興味も加わって、
知りたいこと気になることが増えていくのね。
歴史にいまだ興味の持てない自分は、
今になっても、でかい・すごい・かっこいいな視点であちこちを歩くだけだ。
面白くゆるゆるなガイドブック。

『蚊がいる』:穂村弘(13.09)
各媒体の連載を集めた本。マナーの話はダブってますね。
年をいくら重ねても、本質的な部分は変わらず、
むしろ重ねた分だけ、問題もまた増えていく、ような。
男性が書いているから、笑って読める本だと毎度思う。
最後の対談の中で、自分一人だけだと思っていることが
ネタになり本になり、
それが売れるということの不思議さについて書いてあった。
確かに。
みんな共感しているのに、普通に何もないように生活しているんだな。
うまくいかないことから考えるきっかけが生まれる。
違和感をちゃんと言葉にするセンスはさすが。
単なるあるあるを超える研ぎ澄まされた普遍性。

『よれよれ肉体百科』:群ようこ(15.05)
これから起こるであろう様々な問題を事前に知っておく、にはいいかも。
群ようこさんのエッセイは、
分かっていても、読んでいてあまりすっきりはしない。
でもなんとなく手に取ってしまう。

『6粒と半分のお米 木皿食堂②』:木皿泉(15.05)
前回の木皿食堂がたまらなく面白かった。
今回も同じく、手元に置いておきたいなと思う1冊。
短いエッセイの中に込められている内容の濃いこと。
どれも気持ちの奥をじんわりと熱くするような素晴らしい文章ばかり。
対談、講演になってもそれは変わらず。
地に足がついて、経験から言葉を発している、こういう文章をもっと読みたい。

『学校で教えてくれない音楽』:大友良英(14.12)
いわゆる「音楽」ではないアプローチで、
音を出し模索し作っていく現場の面白さ。
身体を動かすことの楽しさ、周りの人間との関係性、コミュニティの問題、教育の問題、
さまざまな要因が絡んでくる。
大友さんが、一般の人たちとその場で音楽を作っていくことを、
最初はやろうと思っていなかった、
むしろ疑っていたり嫌がっていたり避けたかった、
というスタンスでいたと書かれていてむしろほっとした。
引き受けてからやり始めて、理解できないこと、衝突したこと、などを経験しながら、
自分の内面が動いて楽しくなっていった。
発見や驚きや刺激を受けたことで、自分のやってきた音楽も変わっていく。
始めにご立派な志ありきではなく、
やっていたらこうなった、という経過が語られていて好ましい。
最後の章は、それをもう一度ちゃんと文章としてまとめていて分かりやすかった。
文章になってしまうことで、
形が決まってしまうことの怖さをちゃんと分かっていて
なお書いている、ことにも誠実さをひしひしと感じる。
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テーマ : 最近読んだ本 - ジャンル : 本・雑誌

09:39  |  蛸足図書室  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

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